日本に存在する幻の伝説が、結構リアル!

昔から日本に住むと言われ伝説となっている、未確認生物をまとめてみました。

もしかしたら、その不思議な生き物は、あなたのそばにいるかもしれませんね。

 
 
 

日本古来から住む伝説の蛇、ツチノコ

ツチノコ

8be019986263973c4a7a00fc398bc316

ツチノコ(槌の子)とは日本古来から伝わる鎚に似た形態の、胴が太いヘビと形容されます。北海道と南西諸島を除く日本全国で目撃例があるとされています。
 
 
 

まずはツチノコの特徴というのがこちら。

1.体長は40センチほど、胴はビールビンくらい
2.頭が毒蛇のように三角になっていて、尻尾が短く細い
3.全体の色は黒くて背中は網模様で口が赤い
4.垂直に立つことができ、なおかつ2mほど飛ぶことができる
5.冬には冬眠をする。また、雨が降るとよく鳴く
6.普通の蛇とは違って、まばたきができ目が動く
7.イビキをかくと言う説がある
8.毒をもち強暴
 
 
 

日本では、昔からツチノコの存在は庶民にはあたりまえだったと思われます。
岐阜の白川村ではつちのこ神社がありますし、飛騨古考館にはツチノコをかたどった縄文石器があります。
 
 
 
また古事記の中にも出てきます。「次に山の神を生む、その名はオオヤマヅミの神。次に野の神を生む、その名はカヤノヒメの神。またの名をノヅチと言う」と。その蛇の神が、インドからシルクロードで中国や朝鮮、日本へと渡って来るときに、名前を変えて日本の野の神として定着したのかもしれません。
 
 
 
スポンサーリンク


しかし、なぜ神と崇められる対象でありながら実態がわからず、都市伝説として存在し続けているのかは誰もにわかりません。もしかしたら、あなたが捕獲した瞬間に、すべての謎が解けるかもしれません。
 
 
 

日本の始まり沼島(ぬしま)の伝説

2c9a4ae78136cd00c23b77d460ea89fd
 
 
 

日本のはじまりが記されている古事記。その古事記の冒頭に登場する、オノコロジマという島が、淡路島の沼島(ぬしま)ではないかと言われています。伝説に登場する様々なものが実際に残っているという、不思議で神秘的な沼島の伝説です。
 
 
 

男性神、イザナギノミコトと、女性神イザナミノミコトが、アマノヌボコで海をかきまぜたとき、ひと雫落ちたもの、それが日本はじまりの島といわれています。
 
 
 

2人の神は、島や陸をはじめ、山や川、草木など、多くの神様を生んでいったそうです。そして最後に、火の神であるヒノカグヅチノカミを生んだ時、イザナミノミコトは火傷をして亡くなってしまいます。
 
 
 

深い深い悲しみに沈んだイザナギノミコトは、黄泉の国へイザナミノミコトを迎えに行きますが、もうすでに黄泉の国の食物を食べてしまっていたイザナミノミコトは、二度と地上に戻ることはできなかったという伝説です。
 
 
 
スポンサーリンク


そして沼島には、イザナギイザナミが祀られているという「おのころ神社」が実在します。
沼島は兵庫県淡路島から南へ船で10分のところにあります。
一度、その伝説の真偽を確かめに行ってみてはどうでしょうか。
 
 
 

あらゆるものに神が宿る、日本ならではの伝説

Japanese tea ceremony
 
 
 

新潟に代々伝わる伝説です。主に、祖父や祖母が、孫に聞いて聞かせたというものです。
その内容は、家の近くの池には、蛇の神様が住んでおり、梅雨時になると人間に姿を現し、それを見た人には幸せをくれるというものです。
この伝説を信じて、子どもが雨の中立ち続けるということがあるそうです。
 
 
 
また、岐阜県では名無木(ななしぎ)という木に関する伝説があります。
取り立てが厳しかった名主に対して、異を唱えたある農民が、処刑されてしまいます。それを哀れに思った農民たちは、みんなで遺体を地面に埋めたところ、そこから名前も知らない木が生えてきたといいます。そして農民たちは自分たちの守り神として、その木を大切にしたとか。
 
 
 
実際近くの小学校では、授業で習ったあとに木を見に行くこともあるそうです。
木に神が宿ると信じ、守り神として大切にしたり、蛇は幸福の象徴として扱う、という伝説は日本ならではですね。
 
 
 

石廊崎権現の帆柱の不思議な伝説

9
 
 
 
伊豆半島の先になる、石廊崎権現の帆柱(いろうざきごんげんのほばしら)には、石室神社に江戸時代から伝えられている伝説があります。
 
 
 
石室神社は、海面から30メートル以上の断崖絶壁の上に、社殿が千石船の帆柱を枕に建てられています。
その昔に播州濱田港から、塩を運んでいた千石船が石廊崎の沖で嵐に遭ってしまいます。船主は、「この帆柱を石廊権現に奉納します」と誓い祈ったところ、無事に江戸に到着することができたといいます。
 
 
 
その帰途に、帆柱奉納の誓いを立てたことを思い出した船主が、千石船の帆柱を斧で切り倒しました。帆柱はひとりでに波に乗って、およそ30メートルはある断崖絶壁を、石廊権現の社殿あたりまで、まるで供えたかのように打ち上げられたそうです。そして船は無事に播州へ戻ることができたといいます。
 
 
 
帆柱は社殿の基礎として今も残っています。檜でできており長さは約12メートルあります。現在の社殿は床の一部がガラス張りにされているため、直接覗くことができるようになっていいます。
 
 
 
どれくらいの大きさの帆柱であったか、是非自身の目で確かめてほしいと思います。
 
 
 
スポンサーリンク

サブコンテンツ

このページの先頭へ